紀元前46年、大叔父カエサルの
ヒスパニア遠征に従軍、ポンペイウス勢力と戦う予定であったが、すでに敵は殲滅させられ、彼自身も出立直前に病に倒れる結果となってしまった。病が治るとすぐに戦場に船で急行したが、途中で船が難破し、カエサルと敵対する勢力の真ん中に漂流してしまう。ここでオクタウィウスは生き残った少数の兵を掌握し敵陣を横断、この彼の行動はカエサルに強い印象を与え、一説にはこの時にカエサルは自分の後継者としてオクタウィウスを選ぶ事にしたと言う。またオクタウィウスは計画されていた
パルティア遠征には司令官として赴くことになっていた。そして虚弱体質で軍才もないという弱点を補うべく、生涯の盟友となる
マルクス・ウィプサニウス・アグリッパともこの前後に引き合わされた。
紀元前44年3月15日にカエサルが
ブルートゥス、
カッシウスらに
暗殺される。この時はカエサルの支持からオクタウィウスは
ギリシア西海岸にて遊学中であったが、急遽ローマへ帰還する。その途中ギリシアからほど遠くない南部イタリア
ブリンディシウム近郊のリピアエでカエサルが自分を後継者に託していた事を知る。これにより、わずか18歳の無名な青年に過ぎなかったオクタウィアヌスは、一躍有名になった。そして以後
ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス()を名乗ったらしい
[しかしながら彼が、この時点この名を名乗ったという記録はなく、また一部では疑問視もされている。すなわち「ガイウス・ユリウス・カエサル」というパトリキの名門貴族の名を継ぐ事は騎士階級出身でしかなかった彼の低い出自では憚れることであったからである。]。