1928年9月1日、
憲法を改正して王位につく。この際、「
アフメト」という
イスラーム式の名前を名乗るのをやめ、ゾグーだけを名前とした。王位についた後は独裁体制を敷く一方、
民法や
刑法の導入などの
近代化政策を推し進めた。当時のアルバニアは氏族社会であり、また北部と南部では言語や社会環境が大きく異なっていたため、ゾグーは氏族の武装解除や
ナショナリズムを唱える政策を通じて均質な「
アルバニア国民」の形成を図ることとなった。対外的には大統領時代には
イタリアと接近する政策を採ったが、国王になってからはイタリアと距離を置く政策を採り、両国関係が緊張することとなった。