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「フェブラリーステークス」||カンタン資格.com (05/25update)

フェブラリーステークス wikipedia|無料辞書

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|創設 = 1984年2月18日
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フェブラリーステークスとは日本中央競馬会(JRA)東京競馬場ダート1600mで施行する中央競馬重賞(GI)競走である。競走の名のフェブラリーは英語の2月の意味「February」から。
正賞は日本馬主協会連合会会長賞、全国公営競馬馬主連合会会長賞、地方競馬全国協会会長賞、全国公営競馬主催者協議会会長賞。

◆ 概要
東京競馬場のダート1600mの5歳(現4歳)以上のハンデキャップの混合の1400万下条件の競走フェブラリーハンデキャップとして施行したのが始まり。
1984年の中央競馬におけるダート重賞路線の整備に伴い5歳(現4歳)以上のハンデキャップの重賞競走「フェブラリーハンデキャップ」として新設、第1回は現在と同じく東京競馬場のダート1600mで施行され、創設当初はGIIIの格付けだった。
1989年には混合競走に指定、1994年に競走としての格を再評価されてGIIに昇格、更に負担重量が別定に変更された為、現在の「フェブラリーステークス」に改名、翌年には指定交流競走に指定、地方所属の競走馬も出走可能になった。
1997年には前年から始まったアラブ首長国連邦ドバイにあるナド・アルシバ競馬場で施行されるドバイワールドカップの日本国内の前哨戦と言う意味合いからダートGI競走の必要性が高まり、中央競馬のダート重賞競走で初めてGIに格付けされた。なお条件特別の競走がGIにまで昇格したのは稀有な例である。またGIに格付けされ負担重量も定量に変更された。更に同年の4月にはダートグレード競走の施行によりダートグレードのGIにも格付けされた。
中央競馬のその年における最初のGI競走(芝も含める)で、日本国内では川崎記念に次ぐ2番目に施行されるGI競走でもある。また中央競馬と地方競馬の最上位クラスの競走馬が例年多く出走する為、冬のダート最強馬を決める競走として位置付けられている。本競走で優勝や上位入賞をした競走馬は3月末にアラブ首長国連邦のドバイのナド・アルシバ競馬場で開催されるドバイミーティングのドバイワールドカップやドバイゴールデンシャヒーンゴドルフィンマイルへ遠征する場合がある。
なお、東京競馬場のダート1600mのコースはスタート直後の100m弱を芝上で走る設定となっている。
出走資格はサラ系4歳(旧5歳)以上のJRA所属の競走馬、地方所属の競走馬(4頭まで)及び外国調教馬(8頭まで)、出走枠は16頭まで。但し、地方馬は2009年よりJRAが別に定める出走馬選定基準により選定された競走馬に限り出走が可能である。
負担重量は定量で57キロ、牝馬は2キロ減の55キロである。
総額賞金は1億7940万円で1着賞金9400万円、2着賞金3800万円、3着賞金2400万円、4着賞金1400万円、5着賞金940万円と定められている。

◆ 主な前走
本競走の出走馬が前走で出走する主な競走。以下以外に稀にジャパンカップダート浦和記念から直行で出走する競走馬もいる。

◆ 歴史
1984年 - 東京競馬場のダート1600mの5歳(現4歳)以上のハンデキャップの重賞(GIII)競走「フェブラリーハンデキャップ」として新設。
1989年 - 混合競走に指定。
1994年
  ・GIIに昇格。
  ・負担重量を別定に変更。
  ・名称を現在の「フェブラリーステークス」に変更。
1995年 - 指定交流競走に指定され、地方馬は5頭まで出走可能となる。
1997年
  ・GIに昇格。
  ・負担重量を定量に変更。
  ・ダート競走格付け委員会にダートグレードのGIに格付け(適用は1998年から)。
1998年
  ・岡部幸雄騎手として史上初の連覇。
  ・田中清隆が調教師として史上初の連覇。
1999年 - メイセイオペラが地方所属馬としてJRAのGI競走初制覇。
2001年
  ・馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「5歳以上」から「4歳以上」に変更。
  ・オリビエ・ペリエが騎手として2人目の連覇。
2003年 - 東京競馬場の改修工事により中山競馬場のダート1800mで施行。
2007年
  ・混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬は8頭まで出走可能となる。
  ・地方馬の出走枠が5頭から4頭に縮小。
2009年
  ・この年より地方馬の出走資格はJRAが別に定める出走馬選定基準により選定された競走馬のみとなる。
  ・サクセスブロッケンがコースレコード1:34.6で優勝。

◇ 歴代優勝馬