ワークシェアリング wikipedia|無料辞書
ワークシェアリングとは、勤労者同士で
雇用を分け合うこと。各々の
労働時間を短くする時短によるのが典型的な方法である。
◆ 分類
ワークシェアリングは、
IRSによれば、以下の六類型にまとめられる。
#週当たり労働時間の短縮による雇用創出
#ジョブシェアリング
#早期退職措置としてのパートタイム化
#自発的パートタイム化
#連続有給休暇時の代替要員
#キャリア・ブレーク時代の代替要員
また
内閣府によれば、以下二つのタイプがある
[『世界経済の潮流 世界に学ぶ-日本経済が直面する課題への教訓』(内閣府)]。
・雇用維持型
:
不況などで
企業の業績が悪化した際に、一人当たりの労働時間を減らすことによって企業全体での
雇用を維持する。典型例に
ドイツがある。
・雇用創出型
:様々な業務ごとの短時間労働を組み合わせることによって、雇用機会を増やす。典型例に
オランダがある。80年代前半の失業率12%は、2001年には3%を下回るまで低下している。
◇教育機関でのワークシェアリング
大学院を出ても研究職につけない若手研究者の為、年配の大学教授・准教授の早期退職を促すことと、時短による給与引き下げにより雇用機会を増やす試みが広がっている。
◇政府機関・役所でのワークシェアリング
すでに大分県で取組が始まっており、効果を上げている。
◇企業でのワークシェアリング
米国トヨタなどで取組が始まったばかりであり、その成果が見守られている。
◆ 効果
雇用機会に対しては、ワークシェアリングを導入することによって、雇用は増加する傾向があるという分析がある(ただし、その分析でも、他の制度政策等の影響もあると考えられ、「ワークシェアリングのみで
失業等への効果的な
政策になりうるかは十分注意すべき」としている)。また、
経済活性化に対しても、ワークシェアリングだけでなく、資源配分の改善、生産性の向上も必要であるという
。
ワークシェアリングを導入する大学・政府機関・および企業にとっては、大学教授・講師または従業員の頭数が増えるため、
社会保障費、従業員
訓練にかかる
コストが増加する
。
大学講師・政府機関労働者・企業従業員にとっては、給料が下がるものの
余暇が増えることにより自己研鑽等ができ、また余暇の増加に伴い
消費が活性化することが期待されている
。
◆ イギリス
イギリスでは1977年に失業者の追加雇用を目的とした早期退職制度、1979年には生産活動の停滞により発生した短時間労働者を対象とした操業短縮保障制度が導入された。1987年にはフルタイム労働を分割してパートタイムを増加させることを目的とした作業分割制度が導入されている。
◆ オランダ
;オランダ病と呼ばれる大不況(1980年代前半)
欧州における
天然ガスの大産出国であるオランダは、1970年代の
石油ショックによるエネルギー資源価格高騰により多額の収益を上げた。国家財政が潤い高レベルの社会福祉制度が構築されるとともに、労働者賃金も上昇した。しかし天然ガスの輸出拡大はオランダ通貨ギルダーの為替レート上昇をもたらし、同時に労働者賃金の上昇による輸出製品の生産コスト上昇も加わり、工業製品の国際競争力が急速に落ちることとなった。資源エネルギーブームが去った後も、高レベルの社会福祉制度は維持され国家財政を圧迫した。また、労働者賃金の高止まりは、雇用数を絞ることで総人件費を抑えるという選択を雇用者側にさせた結果、大量の失業者を生んだ。1980年代前半には
失業率は14%に達するとともに、経済成長率はマイナスに陥った。
オランダ病と言わる大不況が国を襲った。
;オランダ・モデルと呼ばれる労働市場改革(1980年代〜2000年)
この状況を打開するため、
1982年11月24日に、政府の支援により雇用者団体と労働者団体の間で、
ワッセナー合意が行われた。労使間で『賃金削減(抑制)』と『雇用確保のための労働時間短縮』が合意されるとともに、この合意を有効なものとするため、政府は『減税と社会保障負担の削減(結果として労働者の減収を補う)』および『財政支出を通じた政府財政健全化と、企業投資の活性化(結果として、雇用の増加を図る)』に関して努力することを約束した。
また、労働法改正(1996年)では『同一労働同一労働条件』が取り決められた。これは、フルタイム労働者とパートタイム労働者との間で、時給、社会保険制度加入、雇用期間、昇進等の労働条件に格差をつけることを禁じるものである。さらに、労働時間調整法制定(2000年)では『労働者が自発的にフルタイムからパートタイムへ、あるいはパートタイムからフルタイムへ移行する権利』および『労働者が週当たりの労働時間を自発的に決められる権利』が定められている。
これらの諸改革の結果、個々人が必要とする収入に基づく多様な働き方が促進されることにより、結果としてパートタイム労働者が増加するとともに失業率も下がった。パートタイム労働者の比率は1983年の18.5%から2001年には33.0%に上昇するとともに、失業率は1983年の14%から2001年の2.4%まで減少することとなった。また、労働時間は、1979年の年間約1600時間から、2005年には1345時間に減少している。
労働市場の改革は民間セクターだけに留まることなく、公務員にも及んだ。現在、教師や警察官といった職種もパートタイム労働者無しでは成り立たなくなっている。なお、パートタイムとは1日の労働時間を縮減するものだけでなく、週の労働日を縮減するものも含まれ、実際には週4日勤務や週3日勤務といった働き方が一般的である[フジテレビ サキヨミLIVE 2009年3月8日 “奇跡の国”でみた働き方]。
これら一連の改革は
オランダ・モデル(または、ポルダー・モデル)と呼ばれているとともに、世界初のパートタイム経済(ワークシェアリング)の国とも呼ばれている。